女性ホルモン・・・。

2人の子どもを産み育ててきたわたしにとって、おっぱいから離れない乳児期よりも、イヤイヤ期を迎えた時の我が子よりも、現在反抗期に差し掛かっている娘よりも厄介な存在、女性ホルモン。

産後、これほどまでにわたしを振り回し、下手をすると家族すらも巻き込んで荒れ狂ってきたホルモンバランス。そんな育児中のホルモンバランスと上手に付き合っていきたいと願い、低用量ピルを服用してみたわたしの半年間の記録である。

始まりは排卵痛

授乳中は生理が来ないという話もあるなか、1人目も2人目も絶賛授乳中の産後半年ほどで生理が再開していたわたし。違和感を覚えたのは、2人目を出産後の何度目かの生理を迎える月だった。

何やら右の下腹部が痛い。月経周期アプリを使っていたので、確認するとどうも排卵日周辺らしかった。ということは、これが排卵痛というものなのか。
でも当時は一晩寝ると痛みがなくなるので、あまり気に留めなかった。右下腹部が痛んだ翌月は逆側の左下腹部が痛かったりして、卵巣が二つあるというのは本当なんだなと人体の神秘に感動する余裕すらあった。

ところが、何度目かの排卵痛を迎えた月。
右下腹部の痛みだけではなく、お尻のほうまで痛みを感じた。
排卵痛の症状は人それぞれだが、わたしの場合は肛門から右下腹部(おそらく卵巣)に向かって針で突き刺しているような鋭い痛みが走るようになった。これがあまりにも痛く、キッチンに立って料理をしているのがツライ、子どもと遊んでいてもツライ、更には座っても横になってもツライ。痛みで眠ることもできず、それが2~3日続くこともあった。

それまで生理痛すらあまり不快に感じずに生きてきたので、排卵痛がこんなに痛いなんておかしいんじゃないかと思い始めたのだった。

PMS(月経前症候群)

子どもが小さいうちはとにかく忙しいかった。
自分の時間は無いし、作業をしていても中断して子どもの要求に応じなければいけない。夫は仕事が忙しく、子どもが寝てからでないと帰宅できない。俗にいうワンオペ育児に追われる日々を過ごしていた。

元々生理前にイライラしやすいタイプだったが、出産してからは子どもや夫に当たってしまうことが多くなった。イライラが生理1週間前になると顕著に表れるので、これがPMSというやつか!と勝手に納得。

わたしのPMSの症状は主にイライラと下腹部痛だったが、とにかくイライラが凄まじい。子どもが成長してパートにPTAにとやることが増えるにつれて、徐々に怒りを制御するのが難しくなっていったように思う。

そして去年の秋。
体調を崩していた息子のことで夫とちょっと揉めた時だった。話をしているうち、突然、唐突に、怒りが頂点に達してしまったのだ。
このままでは暴れて子どもたちに怖い思いをさせてしまうと思ったわたしは、夫と子どもを残して財布も携帯も鍵も持たずに家を飛び出したのである(ごめん、子どもたち…)

そのまま怒りが収まるまで、暗くて人気がなくなった道路を1時間ほど歩き回った。それはもう、物凄い勢いで。ズンズン歩いて冷静さを取り戻すにつれて、自分で制御できないほどの怒りを恐ろしく感じた。なぜあんなに怒ってしまったのだろう。突然ブチ切れて家を飛び出して家族に申し訳ないことをしたなと思いつつ、家に戻って玄関を開けようとしいたら鍵が掛けられていたので怒りが倍増した。まぁ、母親が家を飛び出したとしても戸締りは大切だ。

何とか家に入れてもらったが、この日の出来事が婦人科で相談してみようと決意したキッカケになった。

排卵痛とPMSとピルの処方

息子を出産した産婦人科を受信したのはそれから2か月後。排卵痛が来そうな頃に予約を入れたのだが、まさにその日がジャストタイミングだったようで、自分の卵巣の働きに感動しつつ重い下腹部を引きずりながら病院へ向かった。

内診では確かに排卵しそうな状態の卵巣だが異常が見られない。子宮にも異常は見あたらないという。この時はまさかピルを処方されるとは思いもしなかったので、担当してくれた先生の口から“ピルを試してみますか”と言われた時は驚いてしまった。ピルってそんなに簡単に処方してもらえるものだったの?!

先生の話だと、排卵痛もPMSもホルモンバランスの乱れが原因。ピルを服用することにより排卵を起こすホルモンを止めるので排卵がなくなる=排卵痛がなくなる。排卵が起こらないことで生理が来なくなる=PMSも抑えられる、という仕組みなのだそう。

てっきり漢方か何かで様子をみていくのだろうなと思っていたので、排卵痛もPMSとも一気におさらばできる方法があると知って“ピルの処方をお願いします!と申し出ていたのだった。

ピルの処方と副作用

こうして初めてのピル生活がスタート。ピルの服用の仕方は処方されたピル(数種類ある)によって違うが、気を付けなければいけない点がおおまかに言って2つある。

1.基本的に毎日服用(飲み忘れ厳禁!)
2.稀に血栓症を引き起こす恐れがあるので血圧が高い人は飲めない。

血圧も問題はなかったうえ、薬を毎日飲み続けることも苦に感じなかったのだが、飲み始めた翌日に身体の異変に気が付いた。

“頭痛がする…!”
酷い痛みではないものの、脈に合わせて脳内でジンジンとビートを刻む。

そしてもう一つ、胃腸の調子がおかしいのとなんとも言い難い残便感があった。そう、ピルには副作用があるのだ。症状には個人差があり、処方されたピルが身体に合うか合わないかも影響するらしい。初めてピルを服用すると、身体が慣れるまで2~3ヶ月は副作用を感じることもあるとのこと。

そうか、身体がまだピルに慣れていないのだなと思い、1ヶ月不快症状に耐えてみた。でも、あまりにも不快でこれなら排卵痛があったほうがマジだと思ったので、定期検診の日に別の種類のピルに変えてもらうことにした。

2番目に処方されたピルは頭痛もなく、腸の調子も悪くなく、快適に過ごすことができた。さすがピル!ピルさまさま!下腹部が痛むこともなければ、イライラもしない。何よりも、家族に当たり散らすような荒れ狂う怒りが湧いてこなくてホッとした。

ピルによって生理は来ないものの、多少の不正出血が起こることがある。でも、本当に少量の出血なので毎月うんざりしていた多量の血を見ずに済んだのも嬉しかった。とても快適な1ヶ月を過ごし、定期検診の日を迎え、副作用もなかったので一気に3ヶ月分を処方してもらうことにした。

ピルと頭痛、そして服用中止

ようやく自分の身体に合ったピルと出会えたと思ったら、すぐにコロナの流行で外出制限が出た。3ヶ月分のピルをもらってきて良かったと心の底から安堵した。

ところがである。
服用3ヶ月目で異変が起こった。またしても頭痛。ここまで順調だったのに…。

この頭痛は1週間続き、頭痛が治まったと思ったら不正出血が起こった。排卵しないようにピルが操作してくれているはずだけれど、わたしの超規則正しかった生理周期がピルの力に屈するものかとあがいているのだろうか。

この時、手元にはまだ2ヶ月分のピルが残っていた。しかし、世間がコロナで騒いでいる最中、別のピルの処方のために通院するのははばられた。感染リスクは避けなければと思い、残り2ヶ月分も飲み続けていくことにした。何より結構なお金を掛けているので途中でやめるなんて勿体ない。でもやはり、不正出血を迎える1週間前には頭痛に襲われた。排卵痛もイライラもないけれど、頭痛には耐えられない。頭痛だけは心身のコンディション全てを台無しにしてしまうのだ。

それから2ヶ月(結局飲み続けた)。
最後の1錠を飲んだ日、快適だったピルとの日々に別れを告げた。

その後の生活と服用した感想

ピルの処方には、受診料と処方箋料で1ヶ月3000円弱の費用が掛かった。わたしが服用した低用量ピルは原則保険適用外。ということはだいたい1年で36000円掛かることになる。1年間の生理用品の金額よりはるかにコストが掛かる。

それでも、排卵痛や生理痛で苦しんでいたり、PMSでツライ思いをしているお母さんたち、特に子育てで日々忙しいお母さんたちにひとつの育児ストレスの軽減方法としてピルの服用を提案したい。

あくまでもわたしの体験での話だが、頭痛や胃腸の不快感があったりはしたけれど、育児中のイライラや情緒不安定になる頻度はほぼほぼなかった。世の女性がこれほどホルモンバランスの変化で苦しんでいるのだから、低用量ピルも保険適用になって敷居が低くなるといいのになと思う。日本はまだまだ、ピルの認知度が低いのだ。

さて、ピルの服用をやめて1ヶ月が過ぎた。その後、軽い排卵痛と思しき痛みがあり、きっちり2週間後に生理が来た。不快には変わりなのだけれど、お久しぶり~と懐かしささえ感じた。コロナによる休校や休職で家でゆっくり過ごしているせいか、イライラすることがほとんどない。大切なのは時間と心の余裕なのかもしれない。それでも、また困ったときは婦人科へ相談しに行こう。それまでは、自分のホルモンバランスとうまく付き合っていきたい。

とどのつまり、育児中の体調不良やイライラの原因は忙殺される日々にあるのではないかと思えてきた。もう少しだけ気持ちにゆとりを持って子育てができたら、菩薩のように優しくて穏やかな母親でいられるのだけど。あぁ、世のお母さんたち、今日も一日お疲れ様。

出産のかたちは人ぞれぞれ。

自然分娩の人もいれば、無痛分娩を選ぶ人もいるし、帝王切開になる人もいます。
私は自然なスタイルでのお産を望んでいたけれど、待ち構えていたのは予期せぬ【促進剤の投与】でした。

初めての出産、帝王切開は万が一を考えて知識を入れていたけれど、促進剤なんてものがあるとは知らず情報収集をしていなかった私。果ては1人目ならず2人目までも促進剤を使って出産することになるなんて。

実は意外に多い促進剤を使用した出産。
ここでは私の促進剤体験をシェアできればと思います。

 

促進剤投与、娘の場合

妊娠39週、定期健診に行くと「もう赤ちゃんが出たがっているので入院しましょう」と入院宣告されました。
おそらく、産婦人科の先生から見たらいつ産気づいてもおかしくない状態だったのかもしれませんが、陣痛もきてないのに入院だなんて…と驚いたのを覚えています。

その日の夜の内診でも子宮口が開いておらず、「今夜陣痛が来なかったら、明日の朝バルーンを入れて促進剤を投与します」と。
妊娠の経過も順調で、安産間違いなしとお墨付きをもらうほど安産体型だった私。
バルーンて何ぞや?促進剤を投与って?と何の知識もないまま、「安全に出産できるならお願いします…」と言うしかありませんでした。

その日の夜は陣痛を促すように動いてくださいと言われ、病棟の階段を上ったり下りたり、見舞いに来た夫の前でスクワットをしながら赤ん坊の名前を議論したり、少しでも自然なお産に近づきたくてかなり動き回りました。

それが功を奏したのか、翌朝の内診で子宮口6cm開いていることが判明!

これでバルーン挿入は回避できたものの、NSTのモニターを着けるとなんと2~3分間隔の陣痛がきているというのに私は全く気付かなかったのです。

「微弱陣痛のため、このままでは赤ちゃんが出てこられません。促進剤で陣痛を促します」

陣痛がきているらしいけれど、私の感覚では生理痛のような鈍い痛みしか感じません。会社を休んで付き添っていた夫の横で、午前10時ちょうどに促進剤が入った点滴の投与が始まりました。

それから1時間、陣痛室で点滴が繋がれたまま陣痛を待っていましたが全然痛みが来ない…と思っていたら、急に、本当に急激にとてつもない痛みが襲ったのです!

今まで経験したことのない強烈な痛み、と共に押し寄せる便意…。

この便意がいきみに繋がることでお産になるわけですが、陣痛中って痛みがあってもリキんじゃダメって言われるんですよね。ダメって言われるから、猛烈な痛みを我慢し、額からは脂汗が流れ、意識朦朧、夫の手ではなくベッドの鉄柵を握りしめて痛みに耐えること30分。
ようやく分娩室へ移動するよう指示されました。

促進剤の経験者の中には、痛みの起こり方が急激だったという人もいます。私の場合もそうだったのか突然激痛に襲われたあと意識がはっきりせず、やっとの思いで分娩台に上った時には疲労困憊。MAXの痛みだというのにパニックでいきみが上手くできなくて、結局娘は吸引分娩になったのでした。産後しばらく、吸引された娘の頭はひょうたんのようなかたちをしていたっけ…。

 

促進剤投与、息子の場合

娘の出産から3年半、息子の出産も促進剤を使ってのお産になるわけですが。息子の場合は切迫早産で入院するわ、退院してすぐ破水で病院に戻るわとバタバタの妊娠後期でした。

破水は破水でも羊水が出てきにくい高位破水で、陣痛も来ない上に細菌感染の反応が出ているということで泣く泣く促進剤を投与することに。
娘の時は促進剤投与から1時間で激痛が襲ってきたので、またあの痛みを味わうのか…と戦々恐々、陣痛を待っていたものの1時間、2時間過ぎても陣痛がきません。結局朝の9時から投与開始し、午後4時を過ぎて続きは明日にしましょうかと助産師さんたちが言い始めた頃、担当の先生が内診がてら俗にいう『おしげき』で子宮口をグリグリ押しだしたではないですか(しかも激痛!)。

この内診にお腹の息子も驚いたのか、あれよあれよという間に陣痛がMAXの痛みに変わり、子宮口も全開大。意識もはっきりしていたのでいきみも順調、非常にスムーズなお産となりました。

 

2度の促進剤投与を経験して思うこと

自然分娩、無痛分娩、帝王切開…出産は産む方も産まれる方も命がけ。

よく、帝王切開で『きちんと産めなかった』と悩む母親の話を耳にします。自然なかたちで産めなかったというなら、それは促進剤を使った私もそうかもしれません。

特に2回目の出産に関しては、促進剤に恐怖心が芽生えていたこともあって促進剤は使いたくないと病院側へお願いしていたほどでした。ですが、母親とお腹の赤ちゃんも守るための最善策として選ばざるを得なかった促進剤の投与。
もし促進剤がない時代だったら…?私も子どもたちも命の危険に晒されていたことでしょう。

 

余談ですが、私のお腹には4センチほどの傷があります。

帝王切開はしていないのですが、盲腸で手術をした跡が今でもくっきり。一生ビキニの水着は着れないわ~なんてガッカリしたものだけど、この夏も子どもたちとプールに行って沢山遊んできました。

一生に何度も経験することがないからこそ、思い描くお産スタイルがあるかと思います。
色々な出産のかたちがありますが、大切なのはお母さんも子どもも無事にお産を乗り切り、その後の日々を健康に楽しく過ごしていけることではないでしょうか。