親子の時間研究所

《連載コラム》考えることをやめないこと。

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イラストレーター・絵本創作家のはっとりまりです。
新年あけましておめでとうございます。
今年も「こもれびエッセイ」を読んでいただけたら嬉しいな。どうぞよろしくお願いします。

昨年は赤ん坊のお食い初めで始まった我が家のお正月ですが、今年はその赤ん坊がおせちの煮しめを食べて、長女やいとこたちと楽しく過ごしている姿に1年の成長を改めて感じ、感慨深かったです。

赤ん坊は1歳3か月になりました。
私や夫、長女の言うことをまねたり、「バナナ」、「どうじょ(どうぞ)」、「なっとっと(なっとう)」などの身近な意味のある単語を話したりするようになりました。スーパーの納豆売り場でも、「なっとっとーー!!」と叫んでいます。

歌を歌うのも好きなようで、いつも何か鼻歌のようなものを口ずさんでいます。
いそいそとおままごとのキッチンに向かってお料理したり、まるやしかくなどの穴にぽっとんとブロックやチェーンリングを落とす遊びも好んでしています。

長女が冬休みの間は、きょうだいで遊ぶ姿も多く見られ、微笑ましかったです。

早くも来年のお正月は何をしているかな...と楽しみになりました。

頭が硬いぞ!

さてさて。年明け早々、「はっと」させられたことがありました。

牛乳パックに書かれた文字を何気なく追っていたら、
「牛乳は気候や風土などによって味が変わるので、成分はおおよその値です。」
という言葉が飛び込んできました。

そして、気づきました。牛乳に味や成分の違いがある、ということを忘れていた!と。
スーパーに並んだ牛乳をパッケージでしか見ないで、中身がどうなのかということを考えるのをやめてしまっていた!と。

それはここ数年のことのような気がします。
日々の忙しさに追われてなのか、年齢を重ねるにつれて感性が鈍るからなのか、周りのことに対する思いが減っているなぁ、頭がかた〜くなっているなぁと反省しました。

牛一頭いっとうのお乳の味が皆同じはずないもの。

私たち母親のお乳の味が皆違うように。

一本の牛乳には、いろんな牛のお乳が混ざっているとしても、それを構成する一頭いっとうが食べたものや、その牛たちが住んでいる環境や心境などによって味が微妙に変化するに決まっています。

そういうことを想像することを忘れてはならない、そう思いました。

そして私は、昨年の春、牧場で牛の乳しぼり体験をさせてもらった時のことを思い出したのでした。

牛のお乳のはなし

乳搾りを始める前の導入部分で、飼育員さんがこう言ったのです。

「牛さんは、赤ちゃんを産んだ後の数か月お乳が出ます。だから、お乳を出してもらうために、人工授精をして、出産してもらうのです。」

乳牛は、赤ちゃんを産んでお乳を出して、休む期間を終えたらまた出産をして、お乳を出して、また休んで…というのを繰り返すのだそうです。

『出産をしなければ、お乳は出ない。』当然のことなのに。よく考えてみればわかりそうなことなのに、それに同じ母親なのに、全く気付きませんでした。

恥ずかしながら、この時まで乳牛がお乳を出すことと出産のことを結びつけて考えたことがなかったです。

昨年の春、自分自身の出産がまだ記憶に新しいころの出来事だったので、この時お乳を搾らせてくれた牛のリカコさんに強い敬意と、このこと自体にもやもやした気持ちを覚えたのを思い出しました。


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今年の目標は。

牛のお乳の話にあんなにも衝撃を受けたはずだったのに、日々の生活に追われていく中で記憶が薄れて、しまいには忘れてしまっていました。
「これはいかん!」と思った年の始まりでした。

物事の側面だけを見ないこと。
もやもやした思いをもやもやで終わらせないこと。
いろんな立場から想像してみること、考えてみること。
心を広げて、感覚を広げて、心に留まった人やもの・ことをよく記録して、忘れないようにすること。
考えることをやめないこと。
これを今年の目標にしたいと思います。

そうしたら、私の創作活動も少しは向上するかな。
がんばらねば!と思います。

 

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