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2018年11月26日

姉弟で全く違った妊娠出産体験~弟編

我が家には年長の娘と1歳の息子がいます。
前回、お姉ちゃんの時の妊娠出産体験を書かせていただきました。
今回は1歳の弟の時のことについてご紹介したいと思います。

2人目妊娠!しかし…

2人目が欲しいと思うようになってからなかなか恵まれなかったので、妊娠がわかった時には本当に嬉しかったです。それと同時に、上の子の時に一度流産した経験があったので、また同じことにならないか不安でした。
しかし予感は的中してしまい、けい留流産と診断され、手術をすることになりました。

ショックから次の妊娠に向けて

手術後は心も体もボロボロになってしまいました。
しかし、上の子もいますし落ち込んでばかりはいられず、心身の回復に努めました。

そして妊活に良いと言われることを実践し、ついにもう一度赤ちゃんを授かることができました。

安定期まで

妊娠初期は常に不安でした。
つわりも上の子の時よりひどく、吐いてばかりの辛い日々でした。
上の子は幼稚園に通っていたので、ママ友にたくさん助けてもらい、なんとか乗り越えることができました。
そして待ちに待った安定期。検診でも順調としか言われず、楽しいマタニティーライフにしようとワクワクしていました。

まさかの切迫流産

妊娠6ヶ月の21週3日目の夜、なんだかお腹が張るような違和感がありました。
私はきっと何でもないと言われて帰されると思い、病院に行こうか迷っていました。帰宅した夫に相談すると、「2人目だからって、過信しない方がいい」と言われ、娘を義母に預けて夫と病院へ向かいました。

すると、頸管の長さが通常の半分ほどになっており、切迫流産と診断されてそのまま即入院になりました。少なくとも35週、最悪出産までの入院と言われ、頭が真っ白になりました。
21週中に万が一赤ちゃんが出てきてしまうと流産ということで命を救う処置はできないため、切迫早産に切り替わる22週までは絶対持たせましょうと言われました。

長い長い入院生活

入院中は24時間点滴をし、トイレや洗面以外は横になっていました。
点滴の副作用で手の震えや熱が出ました。

入院していた病院は、出産する予定で検診に通っていた総合病院でした。
目先の目標だった22週を迎え、切迫早産に切り替わった日、状態が悪化していることがわかり、さらに大きい病院に救急車で転院しました。

転院した病院では約1ヶ月間個室のICUに入り、その後大部屋に移って約2ヶ月間を過ごしました。

入院中も、赤ちゃんがなかなか成長しないことや頸管の長さが短くなっていく不安との戦いでした。
自由に動けず、娘ともなかなか会えず、不安ばかりのとにかく長い長い入院生活でした。

退院

35週目にようやく退院することができました。
ずっと寝たきりだったので、足の筋肉は落ち、少し歩くと息が切れるくらいに体力が落ちていました。
37週までは自宅でも安静にし、それ以降は積極的に歩くように言われました。

出産

3ヶ月入院したものの、陣痛が来たのは予定日当日でした。
2人目で切迫早産だったので、陣痛から出産までは早いと言われていました。
朝5時過ぎにお腹の痛みを感じ、車ですぐ病院に行きました。
そしてあっという間に陣痛の痛みも子宮口も最大になり、朝8時過ぎに出産となりました。
途中、赤ちゃんが危険な状態になりそうということで吸引分娩となりましたが、無事に生まれてきてくれました。

おわりに

2人目の長男は、思いもよらず長い入院を経ての出産になりました。
切迫早産なんて人ごとのように思っていましたが、誰にでもあり得ることで、元気にマタニティーライフを送れること、元気に赤ちゃんを産むことがとても奇跡であることを思い知りました。
特にトラブルのなかった長女もトラブル続きだった長男も、2人とも元気に育っています。
もし切迫早産で長い入院になってしまっても必ず終わりはきます。なぜ私が?と辛くなることもありますが、元気な赤ちゃんに会うための試練だと思って乗り越えてほしいと思います。
この経験がどなたかのお役に立てたら幸いです。


 

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