親子の時間研究所

へその緒が91cm?!過長臍帯×軟産道強靭の出産レポート

4年保育の幼稚園に通う娘がいる1児の母です。
まだまだ少ない子育て経験ではありますが、少しでも参考にしていただけるところがありましたら幸いです。

娘は、もうすぐ3歳を迎えます。
赤ちゃんだった娘がもう3歳になるんだという嬉しさと、とても長い時間を一緒に過ごしているようでまだ3歳なんだという驚きが半分半分といった感じの母の心境です。

今回は、我が家の娘を出産した時のエピソードをご紹介します。初めて経験する出産は、想像を超える出来事がたくさんありました。

「安産間違いなし!」のはずが

娘は、予定日を数日過ぎて生まれました。出産でお世話になった産院は、体重指導をしっかりしてくださる所だったので、妊娠が確定してから出産当日まで体重はプラス9キロの増加でおさめる事が出来ました。

実際は、悪阻がほぼなかった事で前半にたっぷり増量し、里帰り出産のために帰った実家の実母の協力でギリギリ乗り切れたのはここだけの話です(笑)

目立ったトラブルもなく、体重増加も指導されていた10キロ以内でおさえられたので、助産師さんからは「きっと安産間違いなしよ!」と言われておりすっかり安心していたのですが、実際は想像の何倍も何十倍も大変でした。

所要時間22時間41分

これは娘の母子手帳に書かれている、分娩にかかった“公式記録”です。22時間…長いと感じますか?「私はもう少しかかったよ」という方もいらっしゃるでしょうか?
昼過ぎから徐々に陣痛が始まり、夜中に病院へ向かいそこから2日以上寝ずの出産でしたので、体感的にはもっとかかったように感じました。

LDR(陣痛から分娩、回復まで過ごせる部屋)では終始、床を這いつくばっていました。陣痛でご飯も食べられず、トイレに行くのは膝をついて四つん這いで移動、ドラマで見るような神秘的に出産を迎えるシーンからは程遠く、唸り声に近い声を出しながら陣痛に耐える野性的な自分の姿を思い出すと、ただただ笑えます(笑)

”お腹”ではなく”腰”が痛い

陣痛の間隔を計っていた頃はお腹の痛みでしたが、気がつくと「腰が痛い」「腰が壊れる」と訴えていました。痛みに耐える時に使えるように丸めた毛布などもあったのですが、あまりの腰の痛さに全然毛布にしがみつく事が出来ず、お手上げ状態でした。

「お腹じゃなくて、腰?」と何度も不思議そうに聞かれましたが、その時は「初めての出産でパニックになっているから痛みの場所があいまいになっているんだな」と助産師さん達は思っていたようです。私自身もそう思っていました。

難産になった原因

骨折の古傷

私は出産する1年半ほど前、当時の職場でディスプレイを変えている際ダイニングテーブルくらいの高さから後ろ向きに転落し、尾てい骨を剥離骨折しました。
幸い、その後順調に回復したのですが、実は出産の時の腰の痛みは、この時の骨折の古傷が関係していたのです!治ったとはいえ一度は骨折した部分ですから、全く平気とはいかなかったのです。3キロ弱の赤ちゃんが通るのですから、想像を絶する痛みが出るのは当然です。

少々情報の行き違いもあり、出産の際に助産師さんに骨折経験がある事を把握してもらう事が出来ず、痛みのピークの時には娘がだいぶおりてきている状態だったので、結果的にそのまま自然分娩で産みました。
この場合、事前に情報の共有がしっかり出来ていると、状況によっては帝王切開での出産も検討されると、娘の新生児訪問で来てくださった助産師さんに教えてもらいました。

ほとんどの産院でバースプランや既往症の書類を書くと思いますので、これから出産される方は、事前に気になる事や心配な部分はしっかり記入する事はもちろん、特に伝えておきたい事は改めて自分の口で伝えてから出産に臨む事をオススメします。

ピアノとテニスで”軟産道強靭”に?

私は、学生時代から妊娠初期まで合わせて15年ピアノを習っていました。途中、受験などでピアノから離れた時期もありましたが、社会人になってから趣味の範囲でまた習い始めマイペースにやっていました。
また、テニスが趣味の主人の家族に誘われて、付き合っている時からテニススクールに通い始め、結婚後もしばらくテニスを楽しんでいました。妊娠がわかってすぐに退会したので、出産の頃にはすっかり筋肉が落ちたと感じていました。

そして迎えた出産、娘は“すぐそこ”にいるとわかるのになかなか会えず「もう生まれるよ」と言われてから、さらに8時間かかりました。
出産した後、母子手帳に書かれていたのが「軟産道強靭」、読み方は“なんさんどうきょうじん”と読みます。何やら強そうなネーミングです。

軟産道強靭とは、赤ちゃんの通り道となる産道の軟産道(筋肉などの軟らかい組織で出来ている部分)が非常に硬く、赤ちゃんが出てくるのを妨げてしまう状態の事です。
スポーツ選手に多いそうで、私の場合はテニスにプラスしてピアノでペダルを使うので、さらに筋肉がしっかりしていたと言われました。

軟産道強靭は、なかなか分娩が進まずに親子ともに大変な出産になる事も多いです。分娩が全く進まなかった場合は帝王切開での出産だったと説明がありました。
私は出産するまで軟産道強靭について知らなかったので、分娩が進まない事に終始とても不安でしたが、事前にこういうケースもあると覚えておくと、少しでも落ち着いて出産に臨めるのではないでしょうか。


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甘く見てはいけない”へその緒”

”過長臍帯”で生まれた娘

娘は元気な産声をあげて生まれてきてくれましたが、へその緒が首に巻き付いた状態で生まれてきました。
なんと!へその緒が91cmもあったのです!へその緒は、通常50cmほどの長さなので、娘は2倍近い長さだったという事になります。
娘のように非常に長いへその緒を過長臍帯と呼びます。

妊娠後期、一時期「逆子かもしれない」と言われた事がありました。その後、逆子は自然に戻ったのですが、おそらく戻る際に首に巻き付いてしまったのだろうとの事でした。
過長臍帯の場合、娘のように首や体に巻き付く(臍帯巻絡)の他にも、臍帯に結び目が出来て血液が送れなくなる(臍帯真結節)などのトラブルが起きる場合もあります。

”過短臍帯”で生まれた母

反対に、非常に短いへその緒を過短臍帯と呼びます。
娘は”過長臍帯”で生まれましたが、母親の私は”過短臍帯”で生まれました。当時の話を私の母に聞きましたが、私のへその緒は20cmしかなかったそうで、さらに自然分娩だったのもあり、担当してくださった産科医の先生がとても驚いていたそうです。

過短臍帯の場合は、へその緒が短い事でなかなか下りてこられず出産に時間がかかったり、十分な長さがないため分娩の際にへその緒が引っ張られる形になりへその緒が切れてしまったり(臍帯断裂)、血液の流れが悪くなり赤ちゃんに十分に酸素がいかなくなる事で心拍も弱くなる(低酸素血症)などのトラブルが起きる場合があります。

私の母も、私も、それぞれ出産するまで赤ちゃんが過長臍帯と過短臍帯だという事はわかりませんでした。
しかし、過長臍帯も過短臍帯も、適切な対処を行えばトラブルを回避する事が出来ます。

ママと赤ちゃんの分だけ”ドラマ”がある

改めてこうして文字に起こしてみると、昨日の事のように陣痛の痛みや、終わりが見えずに果てしなく感じた分娩を思い出し「今まで生きてきた中で、出産が一番壮絶だった」と思うのですが、目の前の娘の姿を見ると、途端にその記憶は輝かしく貴重な思い出に変わるのです。

同じ日に出産しても、同じ病院で出産しても、全く同じ出産は1つもありません。ママと赤ちゃんの分だけ”ドラマ”があります。
どのドラマも、それぞれ素敵で誰も真似出来ません。世の中のママはすごい!と改めて思わせてくれます。

娘を出産した際、娘への溢れんばかりの気持ちの他に、母親に対して感謝の気持ちでいっぱいになりました。話では何度も聞いていましたが、母はこんなに大変な思いをして私を産んでくれたのだと身をもって実感する事が出来たからです。
これも、娘が私を母親にしてくれたから心から実感する事が出来たので、娘にはとても感謝しています。

いつもカップルのように「大好きだよ」「いつもありがとう」と伝えあっている親子なのですが、毎年お誕生日はいつもよりさらに感謝の気持ちを伝えるようにしています。
今年のお誕生日は、どんな風に娘にお祝いと感謝の気持ちを伝えようか、今からとても楽しみです。

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