親子の時間研究所

【私の出産】切迫早産からの初出産!

2013年4月に妊娠。
妊娠6ヶ月まで続いたつわり。
つわりが落ち着いてきたらまさかの切迫早産。
予定より早めに退職して自宅安静。

わたしが思っていたよりずっとずっと大変な妊娠期間でした。

 

妊娠21週で切迫早産!

妊娠発覚直後から朝起きた時の気持ち悪さと吐き気。
ガムや飴で気を紛らわせながら車で40分ほどかけての出勤。
派遣で働いていたので派遣元にも派遣先にも妊娠のことは知らせていました。

派遣先も快く遅刻や早退を認めてくれ、本当にありがたかったです。
会議の途中に気分が悪くなってしまったりと
妊娠6ヶ月頃まで吐きづわりが続いていました。

だいぶ涼しくなり体調もだいぶ良くなってきたころ、「運動もしたり、体力つけるぞ」と思っていた矢先・・・
定期健診にて「切迫早産です。仕事はしばらく休んで1週間の自宅安静をしてください」。

「えっ!」

お医者様のお話を聞くと「子宮頚管が短くなっている」とのことでした。
お腹の張りもなにも感じておらず、むしろ体調は良くなってきていたのに・・・

その後、インターネットで「切迫早産」を調べるとどんどん不安に・・・
知らず知らずのうちに赤ちゃんを苦しめていたのかなと、自分を責めてしまいました。

自宅安静というのも外に出ないというわけではなく、トイレやシャワーなど以外は横になっておくというものでした。

その後良くなったり悪くなったりが続き、予定より1ヶ月早く仕事を辞め、里帰りをしました。

 

なんとか正産期まで持たせたい!

里帰りしたころには24時間の点滴入院になるレベルの頚管長でした。

それでも里帰り先の小さな個人病院のベテラン先生は
「う~ん、確かに短いけど子宮口開いてるわけじゃないし様子見よう」
と言ってくれ、張り止め薬を飲みながらのゴロゴロ生活で丸2ヶ月を過ごしました。

毎朝毎晩、戌の日のお参りでもらったお札にお祈りをしました。
「できるだけお腹の中にいてね・・」

その願いも叶い、無事正産期に!

 


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39週で破水!

正産期に入ったころには世間はすっかり冬・・・
インフルエンザも流行っていたりで検診くらいでしか外に出ず。

長い間ゴロゴロ生活をしていたせいで足の筋力は落ち、ふくらはぎは細くなっていました。
おかげで体重は赤ちゃんと羊水や胎盤の重さくらいしか増えませんでした。

少しは動かないとと思い、実家の階段を昇り降りするも数分もすれば息切れ。
こんなんで出産なんて出来るのかな~とまた新たな不安が。

39週に入ったころ、いつものように朝起き上がると・・・

ん、なんだ?
ちょっとした違和感。これは破水かも!

すごく少量だったのでそのまま朝ごはん。
食べ終わったころにまた少量。
やっぱりこれは破水だ!

ということで病院に電話。
診察時間が始まってから検査をうけるとやはり破水でした。

 

陣痛とのたたかい!

GBS(B群溶血性連鎖球菌)検査が陽性だったこともあり、陣痛中は点滴を何時間かおきにうつことになっていました。

人生初の点滴がこのときでした。
どきどきどきどき・・・
なんだこれは、手を動かすのが怖い。
これが正直な感想でした。

破水したことで抗生物質の点滴もあったりで、陣痛中はほぼずっとつながれている状態で、体勢をかえれませんでした。

私の陣痛の痛みは例えるなら、
《腰をゾウに踏みつけられ、そしてジャンプされる》

こんな感じでした。
お腹の痛みはほぼなかったような気がします。

のたうちまわるわけでもなく(点滴が抜けるのが怖くて)
大声を出すわけでもなく(看護師さんに声は出さないほうがいいと言われ)
静かに痛みに耐えていました。

立ち合いをしてくれた旦那は後にこう言いました。
「ぜんぜん痛そうじゃなかったね」

・・・

 

出産して思ったこと

そんなこんなで分娩台に上がって2時間くらい?で無事に出産しました。
陣痛の最後のほうは促進剤という点滴も追加されていました。
点滴されすぎて、もはや何が入っているのかわからない状態でした。

生まれてきた我が子は本当に本当に可愛くて
初めての点滴・出産・授乳・入院・・・

たくさんの初めてを私に与えてくれました。

妊娠・出産は本当に人それぞれで、本やインターネットの情報と違う!と思ったことも何度もありました。

それでもやっぱり生まれて来てくれた我が子の顔を見ると、しんどかったことも痛かったことも、すっかり忘れてしまいました。

そんな我が子も今では立派なお姉ちゃん。
2歳下の妹と一緒にこれからも仲良く大きくなっていってね♪

 

 

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