親子の時間研究所

私の出産体験 ~人生で一番痛くて一番感動した日~

この記事は約5分で読めます。

今妊娠中のプレママは、期待と不安といろんな感情が入り交じり複雑な心境ではないでしょうか。
私もプレママ時代は、そんな気持ちを落ち着けたくていろいろな方の出産記録を読ませて頂きました。

出産から6年経ちますが、今回は私の出産記録を綴らせて頂きます。
娘と一緒に乗り越えた、痛みの先のあの感動。
今でもはっきりと覚えています。

スマホの見過ぎ?なかなか陣痛がこない!

私は里帰り出産のため、出産予定日の1ヶ月前に東京の自宅から三重の実家に帰っていました。
初産だったので「いつ破水するか」「いつ陣痛がくるのか」家族でドキドキしながらその時を待っていました。

予定日の1週間前…
張りなどは感じられないものの、子宮口は少し開いているとの事で「いよいよだ!」と覚悟をきめました。
この時から、なかなか寝付けないのもあってスマホが手放せなくなり、夜な夜な皆さんの出産記録などを読んでいました。

そんなドキドキとは裏腹に、全く音沙汰のないお腹の中のわが子。
「もしや、スマホの見過ぎが関係してる?」「寝不足が原因?」など、この時はとにかく不安が大きかったです。

そして破水も陣痛もないまま予定日から3日が過ぎた頃、主治医の先生の指示で入院することになりました。

家でソワソワしているより、病院にいた方が安心

入院指示が出て、常にソワソワしていた父母も少し安心したようです。私も同じく。
産院はまだ建て替えられたばかりで、ホテルのように綺麗な個室にテンションが上がりました。
それもつかの間、少しでも早く陣痛が来るように院内を歩き回り、階段の昇り降りの繰り返し…。
ちょうどこの時、助産師を目指しているという女の子が、研修を兼ねて私に付き添って一緒に歩いてくれていました。

でもこの頑張りもむなしく、一向に子宮口も開かなければ張りもない。
むしろ、『張り』がどんなものかもわからないままだったんです。後に嫌というほどわかることになるのですがね…。

それでも、病院にいることで安心している気持ちもあり、家よりはリラックス出来ていました。
「このまましばらく入院になるのかな」と漠然と思っていたその夜、NSTをつけて結果を見た看護師さんの表情が変わりました。
いつもは数十分で外してくれるNSTも、この時は何時間もつけっぱなし。
そして、はっきりとした説明がないまま陣痛室へ移動するように言われたのです。

 


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辛かった陣痛室

夜7時頃に陣痛室へ移動してからも、NSTはずっとつけっぱなしでした。またこれが、動きが制限されて結構なストレスなんです。
たまに来てくれる夜勤の看護師さんに「ずっとつけっぱなしなのはどうしてでしょう?」と聞いても、詳細は全く教えてもらえず。

狭くて、テレビも何もない陣痛室。夕飯も食べてはいけないと言われていたのでお腹もペコペコでした。
すぐ隣では、他のママさんが陣痛に耐えている苦しい声が聞こえてくる。

「なんで私はまだ陣痛も来ていないのに、ここにいなくちゃいけないんだろう…。」と、ストレスと不安と空腹で辛かったです。
結局、一晩中NSTを付けたまま朝を迎えました。

でも実はこの時、お腹の赤ちゃんの心拍が下がっていたのです。

陣痛がこないまま分娩台へ

細切れの睡眠で寝不足のまま朝になりました。

一時的にNSTは外されていて、
歯を磨きたかったので看護師さんを探しましたが姿がなく、「すぐ戻るからいいかな」と自室へ帰りました。

自室のドアを開けると、テーブルには美味しそうな朝ごはんが運ばれているではありませんか!
前日のお昼から何も食べていなかったので、もう宝石を見たかのように目をキラキラと輝かせてしまいました。

すると、部屋のスピーカーから看護師さんの呼びかけが…
「〇〇さん(私の名前)、いますか?朝ごはんは食べないでくださいね!」と。

こちらの声は聞こえているのかはわかりませんが
「はい…」と力なく答えました。

その後、また陣痛室に戻りNSTをつけて横になっていると
主治医の先生が来て、子宮口を確認してから「まだ子宮口は2cmほどしか開いてないけど、赤ちゃんの心拍が下がってきてるから今日生みましょう。促進剤を使います。」と言われました。
この時、朝の10時頃です。
夫と母には「今日生まれると思う。」と連絡していたので、いつでも駆け付けられる準備はしていてくれました。

そして、陣痛もなにもこないまま分娩室へ移動し、「よっこらしょ」と自ら分娩台に横になり、テキパキと看護師さんが準備を開始。
その横で、恐らく昨晩苦しい声を出していたママさんが正に出産中でした。
すごく痛そうに叫んでいて、一気に緊張が高まりました。

 

1人で陣痛に耐える

テキパキと準備を終えた看護師さんに「今から少しずつ量を増やして促進剤を打っていきます。痛くなってきたら教えてくださいね。」と言われ、点滴開始。
それと同時に、一緒に院内を歩き回ってくれた助産師見習いの女の子がやってきて「お手伝いします。」と隣についてくれました。

点滴を開始して少し経つと、「あ、お腹が痛くなってきたかも…」という感覚が来ました。
それが時間を追うごとに徐々に強くなってきて、この時初めて「お腹が張るってこのことかー!」と思いました。

看護師さんがやってきて「どうですか?」と聞かれ、「痛いです…」と答えるも、「普通にしゃべれるくらいだから、まだまだですね!」と元気よく退室…。
私的には結構痛いですよ!と思いながらも、隣にいてくれる助産師見習いの女の子と話せるくらいだったからまだ余裕があったんでしょう。

そして1時間以上経ったでしょうか、もう大声が出ちゃうほど痛みが強くなってきて、とても平常心では話していられない。
さっきの看護師さんが言っていたことがわかりました!
大声が出ちゃう痛みになっても、「まだまだ」「まだまだ」「まだいきまないで」と言われ続けて、「うそでしょ…」と心の底から絶望しました。

見習いの女の子もいたりいなかったりで、分娩室は私ひとりきり。
こんなに叫んでいる姿を夫にも見られたくなかったので、「生まれるまで分娩室には入らないで」とお願いしてました。

陣痛の波が来るたび、一人で絶叫しながら耐えました。
促進剤を追加追加でいれたので、陣痛が短時間で一気にやってきた感じです。
もうそれはそれは、獣のように叫んでいたのでうるさかったことでしょう。
でも、自分でも驚くほどコントロールがきかなかったんです。

このまま永遠に続くかと思ったけれど、ようやく子宮口が開いてきたのです。

耐えた末の感動

どれくらいの時間を耐えたかわかりませんが、徐々に子宮口が開いてきました。
ベテラン助産師さんも来てくれて、腰やおしりを力強くさすってくれるのですが、これがすごく楽になるんです!
子宮口が全開になるまでは、まだいきむのを我慢しなくちゃいけなかったけど、この助産師さんのおかげで乗り切れたようなもの。

そして、ようやく先生と看護師さんが来て、「もう子宮口が開いてるから、次からいきむよー!!」と声がかかった時は嬉しくて嬉しくて。
でも、「赤ちゃんの心拍がさがってます。」と、看護師さんが先生に言っていたのが聞こえて不安もよぎりました。

とにかく私ができることは、早く生んであげるしかない!と思って必死でした。
初めてで、いきむタイミングもままならなかったけど、
一番わかりやすかったアドバイスが、「う〇ち出す感じで!きばって!」でした。
「そうか、そのきばり方でいいのね!」とわかって実践したら、グッと赤ちゃんが出やすくなったみたい。
だからご飯を食べさせてくれなかったのね…。

その後は2回くらいいきんだだけで、ようやく娘が生まれました。
「がんばったね!かわいい女の子よ!」

でも、生まれてしばらく産声が聞こえなくて「えっ…」と思った瞬間、
優しくかすれた声で「んぎゃ、んぎゃ~」と泣いてくれました。

少し泣き方が弱かったのは、この子も出たいのに出られなくて苦しかったんだろうなと思います。

「一緒に頑張ってくれてありがとう」

すぐに胸元に来てくれた時は心が震えました。この瞬間をどんなに待っていたことか。
でも、産後すぐで興奮していたこともあり涙は出ず、とにかくやりきった達成感でいっぱいでした。

分娩室の外でいまかいまかと待ち構えていた夫も来て、ぎこちなく娘を抱き愛おしそうに見つめていました。
男の人は、徐々に父性が育っていくのかな。たぶんこの時はまだ「可愛いペットが生まれた」に等しい感覚なのではないでしょうか。
どんなに言っても、男の人には伝わらない痛みですから仕方ないのですがね。

その後、私は出血が多かったのでしばらく分娩室で安静にしていなくてはならず、
2時間くらいぼんやりしながら横になっていました。

そこで初めてじわじわと涙が押し寄せてきて、一人で泣きました。
よく頑張った自分!という気持ちと、ようやく娘に逢えた喜びと…。とにかくいろんな気持ちが混じり合って涙が溢れました。

最後に

十人十色の出産。
1つとして同じお産にはならないけど、ママと赤ちゃんが初めて経験する共同作業だと思います。
2人で力を合わせて、命を生み出す。
この、命を懸けた体験は生涯の宝物です。

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